名古屋高等裁判所 昭和57年(う)21号 判決
被告人は、検察官に対する昭和五六年八月二六日付供述調書では、午前三時ころたまたま原判示スカーレツトビル入口付近で出合つた富氷慶子に一、〇〇〇円貸してくれと言つたところ、一、〇〇〇円出してくれたので、もつと金もほしいし頼みごとも聞いてもらえるかもしれないと思つて、部屋に点灯されるのをみて同女の部屋の位置を確かめ、直ちに同女の部屋を訪れると断られると思い、自動車の中で寝て、翌朝八時ころに同女方(同ビル五階五〇三号室)の玄関前でブザーを鳴らしたが応答がなかつたので、同女が寝ているものと思い、屋上に上りそこからひさしの上に下りて同室のベランダ内に入り、窓のガラスを叩き「すみません」「すみません」と同女を呼んだのであるが、同女から金を貸すことを断られれば帰るつもりであつた旨の供述をしているが、この供述によれば、被告人の行為は理解できないものではなく、同女の部屋を確かめた方法や、同女に近づこうとした被告人の行動からみて、事態の推移に即応する思考をしていることが認められ、また原審証人鈴木孝喜の供述並びに被告人の検察官に対する昭和五六年九月一六日付供述調書によれば、本件住居侵入罪で逮捕された際に、被告人は所持しているのを発見された煙草の箱に入つていた覚せい剤について、同ビルの階段で拾つた煙草の中に入つていたもので覚せい剤の存在は知らなかつたなどと供述し、取調官から同覚せい剤及び尿の提出を求められても、これを拒否する態度に出ていたことが認められ、これらからみれば、被告人には、捜査官の追及から自己を防衛しようと作為する態度がうかがわれる。そうして、当審鑑定人山田豊の鑑定書及び証言によると、被告人の本件犯行時の精神状態については、軽度の覚せい剤中毒作用は否定できないが、本件の行動は被告人の生来の性格傾向によるところが大きく、犯行時著しい意識障害はなかつたと推定でき、判断理解の能力にも強い障害がなかつたことが認められる。これらの事実を総合すると、被告人は本件犯行時に、覚せい剤中毒によつて軽度の精神的障害があつたことは認められるが、いまだ是非善悪の弁識能力及びそれに従つて行動する能力が著しく減退していたものとは認められないので、被告人は心神耗弱の状態でなかつたと認めるのが相当である。被告人は、富永方に赴いた目的について、当初の検察官に対する昭和五六年八月二六日付供述調書では金の無心と洗濯依頼のつもりであるといいながら、原審第四回公判ではサーフインボードを預けていたと幻覚し、それを返して貰うつもりであつたなどといい、当審において提出した上申書では右富永が監禁されているとの幻覚から助けようと思つたというなど、その供述は変転するものであり、当審における被告人の供述態度からみられる虚偽性にも徴すると、これら被告人の精神の異常をうかがわせるかのような供述は、概ねことさら自己の精神状態に異常があつたように作為するためのものであることが推認されるので、措信できない。